7月29日、台湾の台中市后里区公所を訪問し、1938年(昭和13年)に、埼玉県熊谷出身の小山三郎氏が建立した地震記念碑の管理状況について、担当者の方にうかがいしました。
1935年(昭和10年)4月21日に、当時日本が統治していた台湾新竹台中地方で地震が発生し(新竹台中地震)、死者3,279人、負傷者11,976人、住宅の全壊が17,835戸、半壊が11,244戸の被害が発生しました。
后里区に所在する旧泰安駅構内には、上記地震記念碑が現存しています。
記念碑を含めた、駅舎や周囲の鉄道施設一帯が、台中市の「市定古跡」に指定されています。
現在でも発災日の近くの日に、被災者の追悼儀式が行われているとのことでした(区の各地でも行われています)。
后里区公所の建物の現在の建物は、日本統治時代の1934年(昭和9年)に建てられました。当時は「内埔庄役場」という名称の行政機関として誕生し、現在もそのまま区役所として現役で使用されています。

建物に関する主な歴史と特徴は以下の通りです。
・2001年に当時の台中県(現在の台中市)の市定古跡(文化資産)に指定されました。
・完成翌年の1935年に発生した「新竹・台中大地震(震度7クラスの激震)」や、1999年の「921大地震」という台湾中部を襲った2大地震を経験していますが、頑丈な構造のため大きな被害を免れています。
・平屋建て(一部2階建て)で、当時のモダンな官公庁建築のスタイルを今に伝えています。
敷地内には、1935年の大震災の犠牲者を追悼する「大震災内埔庄殉難者追悼碑」も建てられています。

上の写真は、そちらで撮影していただきました。
ぜひ、埼玉県、日本のみなさんに、地震記念碑が現存する旧泰安駅、后里区役所を訪問していただきたいです。
区公所の頼同一区長、王澤佳主任秘書、文化担当の劉女士、大変ありがとうございました。

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