日本と台湾との関係は、いつからでしょうか? 文字を使用する前から、黒潮に乗って相互の往来は、あったと思われますが、文字使用後となると、どうでしょう。
1600年くらいまで
台湾本島の西、澎湖諸島は、宋代に福建省南部の漁民の漁場となり、漢人の移住も行われたとされます。明代には、同島で日本の海商との交易があったようです。16世紀半ば、漢人の海商の一部は、台湾へ移り、日本、中国福建との間で交易活動を始めました。
当時の沖縄は、琉球王国が統治していました。琉球の海商は、中国のみならず、東南アジアとも交易をしており、澎湖、台湾を拠点とする漢人と交流していたでしょう。 ちなみに、琉球王国が与那国島の統治を開始するのが1500年です。
日本の本土は戦国時代であり、九州の大名は、漢人の海商との交易も進めました。この交易活動に、澎湖、台湾を拠点とする漢人も加わっていたとみられます。日本では、豊臣秀吉による統一政権が誕生し、台湾の「高山国王」に朝貢を求める書を送ったとされますが、返信はありませんでした。当時の台湾には、一定規模を有する政権というものはなく、一部の港を漢人が管理し、その他は、いわゆる先住民が集落ごとの統治を行っていました。また、日本の海賊が台湾南部一帯を拠点としていたとされます。この日本の海賊には、平戸など九州の大名と交易をしている漢人も含まれていたでしょう。

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